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  • Suguru Hasegawa

プロジェクトQ (5) 「誇り」

更新日:2月27日

プロジェクトQ。かつて一世を風靡した某放送局のテレビ番組のタイトルみたいですが、あちらは「X」で、こちらは「Q」。キルト(Quilt)のQです。


この「プロジェクトQ」の連載では、「長岡花火キルトプロジェクト」に携わっている数多くの方々のうちの何名かに、プロジェクトに関する秘話やプロジェクトに携わったきっかけ、参加しての感想などを伺い、対談形式でお届けします。


第5回目は、大桃さんです。


長谷川:どういうきっかけで、このプロジェクトに参加したんですか?

大桃:教室のレッスンの時に、島田先生から、このプロジェクトの話を伺いました。


長谷川:「先生」ということは、大桃さんは、プロジェクトの代表の島田さんが主宰しているキルト教室の生徒なんですね?

大桃:はい。先生からお話を伺って、「長岡クラスのみんなが中心になって、プロジェクトを成功させなければ!」と思いました。


長谷川:地元が頑張らねば、という気持ちが伝わってきます。そして、一度も休むことなくプロジェクトの活動に参加したそうですね?

大桃:はい。毎回、島田先生が新潟から来てスグに活動を始められるよう、早めに活動場所のアオーレ長岡へ行き、準備をしていました。


長谷川:いわば「皆勤賞」だったのは大桃さんと島田代表だとか。日々いろいろなことがある中で続けていくのは大変だったかと思います。ところで、このプロジェクトでは、どんなことを担当されていたんですか?

大桃:市民やボランティアの方が来やすく、楽しめるような雰囲気を作れるように、長岡クラスのみんなで、あらゆる場面の裏方を頑張りました。


長谷川:私は新潟市内から2回ほど伺いましたが、大桃さんのような、受付係など地元で細かいことをして下さる方が居て、有り難いと思いました。裏方となると、様々な苦労があったことでしょう。

大桃:そうですね。新型コロナウイルス感染防止対策は、苦労したというか、力を入れました。活動日に毎回同じ方が来るとは限らないので、万一の場合に備えて記名をお願いするなどしましたね。そして、思ったより大きな作品で、持ち運びには苦労しました。


長谷川:私も作品の移設作業で持ちましたが、大きくて重かったです。そんな作品を家に持ち帰って、フェニックスの刺繍の作業を担当したそうですね?

大桃:はい。たくさんのフェニックスを夜空に羽ばたかせました。


長谷川:私もフェニックスの刺繍をホンの少しだけ縫いましたが、難しかったです。いくつもの刺繍を完成させるのは大変だったかと思います。では、このプロジェクトに参加して、どんなことが嬉しかったですか?

大桃:「長岡花火キルト」は4つの部分を繋ぎ合わせて完成させるのですが、全て繋がって完成した時は感動しました。そして、その作品が出来上がる過程を、毎週、プロジェクトの活動場所の「アオーレ長岡」に通いながら見られたことも嬉しかったですし、市民の方が活動日に何度も足を運んで下さって「とても楽しい」と言って下さったことも、嬉しかったです。


長谷川:いろいろな嬉しいことがあった様子が、よく分かります。最終的に作品が完成した時は感動したとのことですが、その作品を見て、どんなことを感じましたか?

大桃:島田先生や皆さんが持っている「長岡花火への想い」を形にするお手伝いが出来て、嬉しかったです。そして、生徒としては、ヨーヨーキルトの生地や形や色の配列など細かいところまでこだわり手を抜かない先生の姿勢に、尊敬の念を抱きました。


長谷川:私も「長岡花火への想い」を作品に込めさせていただきましたが、裏方で運営されていた大桃さんのような方がいたからこそ出来たのだと思います。ところで大桃さんは、長岡大花火に、どのような思い出がありますか?

大桃:長岡市内の看護学校に在学中の3年間は、必ず2日間続けて観に行きました。当時の観覧席は無料でしたね。そして長岡にずっと住み続けて、家族とも花火を観に通い続けています。


長谷川:毎年観たくなる気持ち、私もよく分かります。最後に、大桃さんにとって「長岡花火キルト」は、どんな存在ですか?

大桃:ハワイアンキルトを習っている私にとっての「誇り」です。そして、島田先生と出会えた「宝物」だと思います。


長谷川:「長岡花火キルト」に対する、熱意と誇りの気持ち、そして大桃さんが感じた、島田代表の最後までこだわり抜く姿勢を伺って、改めて作品の素晴らしさを感じました。本日は、ありがとうございました。


これからも、プロジェクトに携わった方々に、お話を伺っていきたいと思います。どうぞ、お楽しみに。



ボランティア

長谷川 卓


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